穏やかなランナーの国の首都 チェンマイ
タイ国の最北部地方は、かつて古代王国「百万の稲田の地」を意味するランナー王国の中心部でした。その遺産はチェンマイとそれに連なる現代の6つの県、ランパン、ランプーン、チェンライ、パヤオ、ナーン、プレーに引き継がれて、はっきりとした特徴を表しています。

ランナーの特徴
今日では、「ランナー」という言葉は、自然と密着した土着の風習である落ち着いた生活様式のイメージを持っています。仏教に対する信仰心、部族制度、浸透した上流階級意識が注入されて来た結果、ランナーの主体性は、言語、文化、祭礼に数多くのルネッサンスを生み出し、力強い清廉さを維持しています。ランナーのもつ価値と美学は、タイのインテリア・デザイン、現代の手工芸、民族的ファッション、新型のスパ療法等に影響を与えています。これら全ての産業は、特徴として花や樹木を素材として繊細に取り入れています。チェンマイはタイの現代美術の中心としての地位を確立し、その地位は現代美術博物館に象徴されています。

歴史
チェンマイは、7世紀以上に亘ってランナー・タイ王国の中心地で、1477年にワット・チェット・ヨートで開催された第8回世界仏教評議会のホストを務めるほど重要な位置を占めていました。

チェンマイ (文字通りでは新しい町を意味する) は、1296年、スコータイ王とパヤオ王との同盟の下で、チェンライのメンラーイ王のために、占星術の原理に基づいて建造されました。当時の様子がチェンマイ市立博物館の正面に立っている3人の王の記念碑として残っています。ランナーの歴史的財宝は、近隣の国立博物館に展示されています。

メンラーイ王は、初期には、近在のメコン河流域の港町チェンセーンから采配を揮いました。この港町は最近再び注目を浴びてきていますが、2世紀前に略奪を受けて衰退するまでは、古代ヨーノック文明以来、この地域の要塞都市であったのです。

ランナーの大部分は、1558年以来ビルマの支配下に陥りましたが、1775年、ランパン王であったチャオ・カウィーラによって解放され、チェンマイは衰退から回復しました。かつては、アユタヤ王朝のライバルとして、孤立していたランナー王朝は、バンコク王朝の采配の下で、サヤム国の州として次第に統合されていきました。この動きは、1921年の鉄道建設で加速され、ランナーの残りの王国も続々と県へと再編成されました。

風土 人間 気候
ヒマラヤの東端の山並みにさえぎられて、北部地方の各県は肥沃な川と渓谷に取り囲まれています。 色々なタイの民族が農耕を行なっている青々とした平地は、暑い夏と穏やかな冬を楽しむことが出来ます。特に湿気の多いバンコクからの訪問者にとっては快適な環境です。

川と渓谷を取り囲む斜面は、滝の流れ、園芸場、熱帯の落葉樹、竹やチークの山林を造り出しました。チェンダオ山のようなジャングルと岩が露出したカルスト地形には神聖な光景が残っています。この国で最も高い頂を持つドーイ・インタノンは非常に高い山なので、その頂上には温和な雨林と高山植物が造り出されました。

チェンマイの北にあるメーサー渓谷のように、沢山のリゾートが、高原のステーションとして、年中涼しい気温を提供しています。異なった高度や環境に応じて、タイ、チベット、ビルマ、カレン、あるいは他の起源の、さまざまな移動民族が、適応して生活しています。それぞれの部族が、異なった方式の耕作、衣装、風習を持っています。彼らの生産品、織物、装飾品、種々の異なった手芸品、街中のバザーやランパンの国立象施設/ハンチャットのタイ国象保護センターの近くにあるトゥーン・クワインのような観光マーケットで手に入れることができます。

2001年〜2005年の気候データ
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観光
エレファントランディングは、山中でのジャングル・トレッキング、竹筏の川下り、農園訪問、民族村探検等と並んで、民族的ーエコツーリズムの中心的存在です。温泉巡り、洞窟巡り、急流筏下りは更なる冒険に関心のある訪問者の興味をそそります。

寺院やチーク建築物は県庁所在地に点在していますが、チェンマイとプレーでは市街地城壁が現存しています。また、ランプーンとその「ウィヤン」 (要塞または防御壁のある市街) で防御壁と市街壁を見ることができます。最も印象的な「ウィヤン」は、仏教徒、歴史通、ランナーの建築技術に精通している方々にとっての巡礼の地であるワット・プラ・タート・ランパン・ルアンですが、この場所は最も高尚な地と言われています。その他にも同等の格式を主張しているチェンマイのワット・プラ・シンと山の頂上にあるワット・ドーイ・ステープもあります。

地域を越えて、ラオスの影響を吸収して低く掃くように湾曲した破風を持つ寺院、ビルマの特色である多重の層を持った屋根、繊細な木工作業、石膏壁、掃くようなパゴダ(ストウーパ)の尖塔。風雨にさらされた黄金の木の葉や刻印への柔らかい反射光で磨きを掛けられて独特の雰囲気を持つのがランナーの寺院の特徴です。

住居ともてなし
高床式の支柱の上に密集して組み立てられた店屋や家族住居の複雑な木工細工はランナーの特色の一つです。ランナーの古くて新しい建築様式のトレード・マークとなっているモチーフは、破風の上に取り付けられた「カレー」と呼ばれる湾曲した十文字の先端装飾です。

多くの家庭では今でも蓋をした飲み水の瓶を門のそばの覆いの中に置いてあります。通り掛かった旅行者が木製の柄杓で喉の渇きを癒すことが出来るようにしてあるのです。家の中に入る前に、靴を脱ぐことになりますので、足は入り口を通る前に何度も洗うということになります。ランナー・タイの人々は、自然にお互いを深く尊敬し合い、その環境の中で調和を保ちつつ暮らしています。これは、村の井戸の周囲と家の入り口に庭を設けるというランナーの伝統に反映されています。こぼれた水、または流してしまう水を有効に使う − 植物に水を与える ということなのです。ランナーのもてなしの心は、食べ物を分け合うことと個人間のエチケットにも広がっています。「ワーイ」(お祈りの形の挨拶)やランナー・ダンス、武道術実演、その他の体で表す言葉は、ゆっくりとしながらもリズミカルで華麗な振る舞いに強調されている気品を自ら誇り高く表現しているわけです。

食事と祭礼
これら全ての要素は、長年の時を経て来たものと新しく創られたものとが融合して、ランナーの祭礼カレンダーに表されています。手芸品、建築技術、衣装、ダンスと花と共に提供される「カントーク」 (台座付の盆)の周りで、座布団に座って共同の食事をする等、訪問者は、ダンスか歴史物の出し物の舞台を添えた夜の「カントーク」 ディナーで、典型的な祭礼の本質に触れ、経験することが出来るでしょう。

経済的にも環境的にも近代化されていく変動の時代において、ランナーは、その伝統と風土の多くを維持することに重点を置きながら伝統の総合的な開発を進めていきます。

ロイヤル・フローラ・ラーチャプルック 2006
プミポン国王在位 60周年及び 80歳の誕生日を記念する
国際園芸博覧会
会場: 王立農業研究所(チェンマイ)
開催期間: 2006年 11月 1日~2007年 1月 31日